Humanities and Social Sciences Researchers

「流暢に読む」訓練が、日本語力を涵養する

教職開発

よりよい評価とは何かを探る

 日本を母語としない人に日本語を教える日本語教育学という分野で、「日本語習得を促すよりよい評価」について研究しています。  評価というとペーパーテストのイメージが強いですが、それだけではありません。面接もあれば、クイズをするのも評価ですし、教師が学習者を観察し、授業のなかで困っていることに気づくのもやはり評価です。クイズや宿題を出し、中間期末テストを実施し、つまずいている学習者を面接し、クラス全体の様子を観察して……と、先生はさまざまな方法を使ってクラスの中で一人一人を評価し、評価の結果から授業を工夫していきます。意外に気づいていない人が多いのですが、評価と教育は常に背中合わせ。どちらかだけ行うものではなく、常に繰り返していくものなのです。  言語評価の研究において、大切なのは評価そのものを客観的に見ることでしょう。学生たちには「何のためにテストはあるのか」、「自分が教師になってテストを作成するとき、どのようにすれば学習の助けになるのか」を考えてもらうようにしています。

「流暢に読める力」を鍛える

 語学を習得するとき生じるのが、「正確さ」を取るか「流暢さ」を取るかの対立です。英語を話すことを想像すると分かりやすいのですが、正確に話そうとすると的確な単語を探したり考えたりして相手を待たせてしまう。一方、流暢に話せても、単語が違うなど正確さを欠くと、結局相手には伝わりにくい。つまり、正確さと流暢さはどちらもバランスよく両方伸ばしていくことが大切なのです。  現在私が取り組んでいる主な研究のテーマは「読みの流暢さ」です。どのくらいの速度で読めば日本語で書かれた文章を楽に理解できるのか、読みの流暢さをどう評価し教育に活用すればいいのかについて研究しています。  「読みの流暢さ」には、2つの指標があります。ひとつは「読む速さ」で、一般的には一分間に何語読めるかを測定します。もうひとつは「内容理解」で、読んだ直後に多肢選択式のテストで測ります。私たちが本研究を始めた当時、日本語教育の分野において読みの流暢さについて実証を研究しているチームは他にありませんでした。そのため、評価ツールとなる文章とその内容理解問題を製作し、検証するところから始めなければなりませんでした。語数や文の長さ、語彙と文法の難易度などを吟味しました。そのうえでさまざまな習熟度の学習者にテストを受けてもらい、難しすぎたり優しすぎる問題がないかを検討するための実験を実施しています。現在は、初級修了レベル、中級レベル、上級レベルの評価ツールの作成を終え、内容理解問題の精査を行ったうえで、オンラインで公開することを目指しています。この研究によって「文章のすべてを理解することを目指した読解教育だけでは読解力は向上しない」ということが社会に浸透すれば、より効率よく高度なリテラシーを育むことができると思っています。

他者とつながり学び合う楽しさ

 広島大学大学院では2020年度から研究科が再編され、他分野との共同研究がやりやすくなりました。評価研究では学習者の心理面がテストの得点に影響しがちなので、特に心理学からのアプローチは欠かせません。それゆえ、心理学の先生と組んで院生を指導できるのは大きなメリットとなるでしょう。  私自身もこれまで様々な分野の学会で他分野の方と交流したことで、研究をより面白く感じるようになりました。言語評価以外の分野の方から意見をもらって新たな視点を得たり、日本語教育を全く知らない人からアドバイスをもらえたり。人とつながって発見を得て、新しいことができるということは楽しい経験です。研究科の再編によりそれが学内で可能になるのは、喜ばしいことだと思っています。  言語評価の分野はどうしても、実験や調査が研究の中心となるイメージがあると思います。けれど、学会で発表したり、他分野の仲間と共同研究したりするには、やはり基礎力が大切です。これから大学院を目指す方には、読む力を鍛えておいて欲しいですね。やはり論文を読むことは基本ですし、過去の研究を把握しなければ、自分の研究の価値が分かりません。宝探しをするように論文を読めるようになってください。また、日本語教育の研究をするなら、学部生のうちに日本語を教える経験や英語の以外の言語を学ぶ経験も積んでおきましょう。教師と学習者の立場を知ることは、必ず研究のプラスになると思います。