離島に伝わる独自の方言を研究する
共通語にはない、方言の魅力
奄美群島の中の喜界島・奄美大島を対象に、主に60代以上の方が話す伝統的な方言について、フィールドワークによる調査・研究を行っています。
日本の諸方言は、大きく本土と琉球に分別できます。喜界島や奄美大島は行政上鹿児島県に属しますが、喜界島から与那国島までを琉球列島と呼ぶように、喜界島や奄美大島は言語的な部分も琉球の文化圏に含まれます。海で隔たれているため島ごとにそれぞれ独自の方言が発達しており、喜界島と奄美大島は隣の島なのに通じない言葉があるほど。私がメインで研究している喜界島では、島内の北と南の集落でも方言が通じない場合さえあります。
もともと言語学に興味があったので、学部3回生のときに言語学研究室に入りました。授業のなかで沖縄の宮古島の方言データを分析したり、現地の人を招いて方言で話してもらったりしたのですが、日本国内で共通語と大きく異なる言語が話されていることに衝撃を受けました。また同時に、母語話者が気づいていない言葉のなかのルールを、調査によって明らかにしていく研究のプロセスに魅力を感じました。そして、大学院生のとき国立国語研究所のプロジェクト調査に参加したのをきっかけに、喜界島の調査を始めました。
一語一語をていねいに収集・記録し、分析する
喜界島の北部の集落には「それ」にあたる言葉がなく、「これ(ウリ)」「あれ(アリ)」しか使わないところがあります。聞き手に近いものに指す「それ」は、「おまえのこれ(ダーウリ)」と言い表します。この場合聞き手の持ち物である制限はありません。そのため間違って自分の傘を持って帰ろうとした友達に「それは俺のだ」という意味で「おまえのこれは俺のだ(ダーウレーワームンジャガ)」と言う場合があります。
喜界島の人たちは60代以上の人しか伝統的な方言を話さず、30代以下になると方言の内容が理解できない人も増えてきます。60代以上の人たちも共通語と使い分けて話しており、バイリンガルの状態です。そのため方言での会話を収録する調査では、自然な形で方言を話してもらう環境づくりに苦心しました。
そして聞き取った音に対してひとつずつ「何と言っていますか?」「意味は何ですか?」と確認し、さらに言葉を単語ごとに確認し、意味を分けました。場合によっては1分の音源を記録するのに1時間かかるほど、細かな作業です。
言語の習得は無意識ですので、いろんな質問をして出てきたパターンを分析し、仕組みを体系化していきます。喜界島の伝統的な方言の場合は先行研究が少なく、一から規則性を見出してく作業になることがありました。
まるで自分で教科書を書きながら語学の勉強をしているようで大変ではありましたが、誰もが無意識のなかで使っている言葉に文法を見つけ出す瞬間があり、非常に興味深い経験になりました。
言語研究の意義と役割
言語の多様性は人類の多様性を支えます。現在世界で消滅の危機に瀕している言語は約2500あると言われており、今後100年の間に世界の言語の約半数が確実に消滅すると言われています。私が研究対象としている喜界島や奄美大島の方言も消滅の危機に瀕しています。
そうした言語や方言の研究は、失われかけている人類の言語文化の多様性を記録する意味で社会的な価値があります。また消滅の危機に瀕した言語・方言に関する報告は、今後誰かが研究したいと思ったときの唯一の資料となる可能性も高いでしょう。
大学院を目指すみなさんには、大学や細かい分野の壁を越えて積極的に交流することをお勧めします。新規性が見込まれるテーマを選択し、先行研究はもちろん関連する研究にも幅広く目を配ってください。そして、まったく詳しくない人にも理解できるよう成果を発信してほしいと思います。私自身のことでいえば、喜界島南部にある集落の方言の研究成果を活かして、公民館講座の地域講座として行われる方言の勉強会のテキストを、地元の方とともに作っています。方言の研究という性質上、その土地の人々にも成果を役立てていただきたいと考えていますし、研究の発信にもつながっていると思います。
2021.08.26