Humanities and Social Sciences Researchers

東南アジア、アフリカを研究し、教師教育の理想を探る

教育科学

タイの教師教育研究から拡がる「フィールド」

 私は「いい先生とは、どんな先生か」ということに関心を持っています。また、「どのようにすればいい先生が育つか」「いい先生はどのように育つか」について研究しています。
 主なフィールドは東南アジアのタイです。学部2年生のときにNGOの日本語教育ボランティアとしてタイに派遣されたのがきっかけです。そのとき印象的だったのは、現地の子どもたちがとても楽しそうに学校に通っていたこと。日本の学習塾でアルバイトを経験したのですが、そこに来る生徒たちは学校があまり楽しくなさそうだったのです。それもあって「タイの学校はすごいな、なぜタイの学校はこんなに楽しそうなのだろう」と、タイに興味を持つようになりました。
 学部3年生の頃からずっとタイのことばかり調べてきたのですが、最近では研究室に所属する留学生の出身国や、学生がフィールドとするミャンマー、カンボジア、ベトナム、マラウイ、ザンビアなどへとフィールドが拡がりつつあります。また、教師教育に加えて、大学入試、華語教育、教育格差、華僑・華人がつくった大学、日本の高専教育モデル海外展開、防災教育など研究課題のフィールドも拡がっています。
 目下、教育哲学や幼児教育、心理学などを専門とされる先生方との共同研究も進めています。少し相談しただけでも全く違う視点が出てくるところが新鮮で、楽しく取り組んでいます。

タイの学校でボランティアとして行った日本語教育の授業

「先生の先生」とはどのような存在か

 昨年度から、東南アジアとアフリカの教師教育者の比較研究に取り組んでいます。教師教育者とは「先生の先生」つまり学校教員を育てる教員のことです。教師教育者には「教師の教師」「研究者」「コーチ」「カリキュラム開発者」「ゲートキーパー」「仲介者」の6つの役割が求められることがわかっています。しかし、東南アジアやアフリカの教師教育者にも同じような役割が求められているのでしょうか。また、タイの「教師の教師」と欧米の「教師の教師」は、果たして同じと言えるでしょうか。
 調査を進めるにつれ、当たり前のことですが、国によって違いがあることが分かってきました。タイやベトナムでは、日本と同じように大学で学校教員を養成しています。そのため、教師教育者は高い教養と専門的知識を備えた研究者であることが期待されています。一方、カンボジアにおいて学校教員は教員養成に特化した教員養成大学で育成されていること、また、教師教育者には学校教員としての経験が求められることがわかっています。
 このことについて、昨年からアジア・アフリカの教師教育者の職能成長をテーマとするウェビナーを定期開催しています。今後、マラウイ、ザンビアなどのアフリカ諸国について調査を進める予定です。

タイ初「孔子課堂」の訪問調査

東南アジアやアフリカの教育を研究する意義

 たまに「なぜ、東南アジアやアフリカが研究フィールドなのですか?」と聞かれることがあります。おそらく日本や「先進国」を研究していれば、まず尋ねられることのない質問でしょう。学校教育や教師教育のあり方を探求するフィールドとして、経済発展の程度から「途上国」と一括りにされる国・地域についての研究には、どのような意味があるのでしょうか。
 確かに、東南アジアやアフリカの国々における国際学力テストのスコアは高くはありません。しかし、経済発展の程度や国際学力テストのスコアはひとつの観点にすぎないと私は思います。たとえば、タイの学校や大学の先生方は日々慌ただしくされていますが、日本のようにメンタルヘルスの問題が大きく取り上げられることはありません。学校の役割や教員の職責が限定的な欧米ではなく、学校の役割や教員の職責が日本と同じように曖昧でありながらも、多忙化やメンタルヘルス問題を抱えていない東南アジア、アフリカこそが「働き方改革」の先進国であると言えるのではないか、と私は考えています。
 大学院では「研究は私の食事である」という強いモチベーションを持った方を歓迎します。「寝たい」「食べたい」といった生理的欲求と同じ自然さで「研究したい」と思う人が向いていると思います。指導学生の研究テーマに関しても「24時間そのことを考えていたいと思うテーマ」を選ぶよう勧めています。研究は真剣な遊びです。子どもの頃のように全力で、一緒に楽しみましょう。