Humanities and Social Sciences Researchers

現代の法のあるべき形を思索する

実務法学

法の解釈や適用についての基礎研究

 私の専門は、法哲学または法理学と呼ばれる領域です。この学問は法学に関する基礎理論として幅広い領域を研究対象としており、「法とは何か」といった大きな問いはもちろん、裁判の理由づけといった実務的なものまで色々な研究があります。そうしたなか私自身は法律学方法論と呼ばれる分野で、法的思考、つまり法を解釈・適用するときの方法について研究しています。
 裁判は法に基づいて行われますが、自動的・一義的に結論が出るわけではなく、人間が法を解釈し適用するなど、一定の結論にいたる理由づけを行う作業が必要になります。そのときの作法はどのようなものであるか、あるいはどのようにあるべきかについて、同様の問いに取り組んだ過去の論文を読んで研究を進めています。
 法的思考に関する研究を志したのは、大学に入って法学を学び始めたときに感じた戸惑いがきっかけでした。法律の言葉は難しく文章も長い。それには理由があり、「なるべく厳密で誤解がないように組み立てられているから」だと教わります。しかし、法律の専門科目の授業になると、先生は「ここでは考えが分かれていて……」とか「この判例は学説と違う立場を取っていて……」と解説するのです。今と違って当時の私は「争いを解決するために法律に頼るのだから、法律の答えはひとつでないと皆が困る」と考えていたため、とても困惑しました。答えがスッキリでないのに堅苦しい用語法を積み重ねて何の意味があるのだろうか。決め手のない価値観の対立のような議論の、どこが厳密なのだろうか。そんな疑問を抱えて過ごすうち、法的な考え方について研究する法哲学・法理学という分野があるとたまたま聞き、興味を持ちました。

100年続く論題を現代において検討する

 現在は、主に20世紀はじめのドイツにおいて影響力を持った自由法運動と、その少し後にアメリカで展開されたリアリズム法学を題材に、法的思考や裁判のあり方、および理想像を探究しています。
 端的に説明すると、自由法論は制定法だけで裁判は決まらず裁判官の創造があることや、社会の実情にあった裁判をすべきことを強調した思想で、リアリズム法学もそれに近い面を持っています。
 法律(あるいは判例)は何十年も前につくられ変更されないままですが、社会のほうは変化し続けているので、法と現状にずれやゆらぎが生じます。それにどう対処するべきか。自由法論では、法律を絶対視せずに、人々の感情や心情に即した裁判を裁判官に求め、社会学や心理学などの知見を取り入れて科学的根拠を基準にするなど、裁判において法律以外の要素を考慮に入れるべきだと論じています。私自身はこれらの理論を研究することで、複雑多様化する社会の諸要請のなかに置かれた現代の裁判が、法律以外の要素を取り込みつつもなお法に基づいているのか、あるいはもはや法から外れてしまっているのかを識別する理論的足場を提示できるのではないかと考えています。
 最近では会社関係の争いなどに経済学を取り入れたりしていますが、実は100年前から法学以外の学問や科学の導入は論じられてきたことでした。その意味で、人間がすることは今も昔も変わらないものだなと、興味深く感じています。それぞれの時代の学者たちがそのときの社会背景をもとに法のあるべき形を模索し、提示していくことが重要ですし、私の研究もそのような営みに加わるものでありたいです。

研究の資料となる、実際の判例の記録

過去の研究者の仕事を理解するために

 昔の論文を読むと、神話や聖書の知識を前提にした論述なども多く、当時の学者たちの教養の幅広さに圧倒されます。また、当時の社会背景や文化、そして学問状況を知ることは研究に欠かせません。研究の精度を上げ、より充実したものにするためにも、将来的には歴史学や社会学、心理学といった他分野の研究者の方との議論や交流も行っていきたいと思っています。
 私の在籍する実務法学専攻は、いわゆる法科大学院で、研究者ではなく実務家を養成する機関です。司法試験の勉強は質・量の両面で大変なので、学生が研究を並行するだけの余力を持つのはなかなか難しいでしょう。ただ、法実務に携わる際の理念の持ちかたのひとつとして、法哲学で学んだ教養を生かしてほしいと思っています。もちろん、司法試験をクリアしたうえでさらに法学を研究したいという学生は歓迎しますよ。実務法学専攻と司法試験を経て、ぜひ研究にも挑戦してほしいと思います。