Humanities and Social Sciences Researchers

「真正な対話」を通して、他者を理解する力を育む

教育科学

国境を越えた教科書作りをきっかけに、主体的な話し合いを促す

 私は社会科教育学を専門とし、子どもたち自身が主体となって実際に意見を交わす「真正な対話」の場を設けることで、彼らが自己と他者への理解を深めるためにはどのような教育が必要なのか研究しています。そして、この真正な対話を実践に落とし込んだ代表的な研究プロジェクトとして、「より良い社会科教科書作り」を進めてきました。これは、各国の教科書で歴史上の事象の語られ方が大きく異なることについて、日本と海外の子どもたちが意見を交わしながら、新しい形の教科書を作り上げる取り組みです。これまで日清戦争や日露戦争、広島・長崎への原爆投下など、さまざまなテーマを子どもたちに考えてもらいました。
 プロジェクトにおける子どもたちの対話の様子を分析した結果、相互理解を図るうえで次の二つの要素が必要だと分かりました。一つ目は、対話にゴールを設けること。互いに共有できる目標を設定することが参加者の当事者意識を高め、他者への協力的な姿勢を生み出します。二つ目は、意見の対立を避けず、むしろ自然と意見の対立が生まれるように自由かつ安全な言論空間を作ること。それぞれが自分の考えを率直に話す中で、相手に対する先入観が取り払われ、より深い相互理解を促進するのです。

国内外から集まった高校生が、「ヒロシマ」をテーマに平和について考察

 一連の研究で培った研究の知見をもとに、私は広島大学教育ヴィジョン研究センター「EVRI」の活動にも携わっています。人間社会科学研究科に附属するこのセンターでは、教育学・教科教育学・心理学などを専門とする研究者が協働し、さまざまな教育活動や社会貢献活動、国際交流活動を推進しています。
 2017年にセンターが実施した「広島平和記念資料館の『the last 10 feet』再デザイン」には、私が扱う「真正な対話」のノウハウが最大限に活かされています。広島県の教育委員会との共同で行われたこの取り組みでは、県内の高校生と海外の高校生たちが広島で3日間をともに過ごし、ヒロシマをめぐる歴史を通じて、平和への理解を深めました。
 我々は参加者に「広島平和記念資料館の新たな『the last 10 feet』を企画する」という最終目標を与えたうえで、主体性を引き出せるような対話の機会を複数回にわたって設定しました。何度も話し合いを重ねるなか、彼らは他者に共感し、自分を見つめ直し、互いに歩み寄る力を身につけました。そして、対話を通して数々の独創的な展示企画が生み出されました。もともと展示されていた、世界の著名人が残した平和へのメッセージを映す展示物とは大きく異なり、プログラムの参加者が考え出した企画には、来場者がより積極的に平和を考えるための工夫が多く見受けられました。

韓国出身というルーツを活かし、日本と海外をつなぐ懸け橋に

 そもそも私が対話に関する研究に取り組むようになったのは、東京都にある「東京韓国学校」での勤務経験がきっかけでした。韓国で作られた学校の教科書と自分たちが暮らす日本の社会とで、大きく異なる歴史認識に触れ、困惑する子どもたちの様子を目の当たりにし、この問題を解決したいという思いが芽生えました。彼らが置かれた環境と違って、一つの国をルーツに持つ市民が、自国と他国との認識の差に気づく機会は多くありません。日々の研究成果やEVRIでの活動を通して、より多くの子供たちにこうした現状を知ってもらい、互いに歩み寄るための対話の力を身につけてほしいと考えています。
 また、韓国人である私が日本を拠点に研究を行うこと自体にも意義があるかもしれません。国内の研究者ではなかなか気づけない視点から研究を進めたり、日本の優れた研究成果を世界に伝えたりと、外国人研究者として自分が果たすべき役割はまだまだ尽きません。最近では、学内の研究者の協力を得て、日本の先進的な「授業研究」の研究成果をまとめた文献を英語で制作し、海外へ向けて発信しました。EVRIや再編された人間社会科学研究科において、さらに幅広い分野の研究者や教育の現場に携わる教員と協働し、今後もさらに「真正な対話」を追究していきます。